2008年3月21日金曜日

意識と本質<筒井俊彦>

あらゆる経験的事物それぞれの「本質」を無化し尽くす形而上的無「本質」。宋儒たちは、あらゆる「本質」の実在的原点、すべての「本質」を己の形而下的自己限定として、意識と存在の経験的次元に現成させる唯一の「本質」、をそこに見たのだった。
~~本文99ページ参照~~
物事の本質を見極める。このとき、本質はなにを意味するのだろうか?
東洋哲学の観点から本質を探っていく。
本書の最初は「本質は実在するか?しないか?」から始まる。
物事に本質がないなら、物事は存在できるのか?と思ったが、
禅の観点から見ると、すべてが無であり本質も虚妄である。
それを知った上で、本質には、ものの持つ普遍的本質、個別的本質がある。
そして、宋儒は物事を窮め続けるといつかすべての本質が一つにまとまるときがくるという。
その状態こそ無であり太極併無極なんだろう。
真理も本質も様々な面を持つこと。これを理解しつつ、言葉の奥にあるものを探し続ける!

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